最高裁判所第二小法廷 昭和39年(オ)1412号 判決 1966年9月30日
上告人(被告・控訴人) 滝川利正
右訴訟代理人弁護士 丹羽鉱治
被上告人(原告・被控訴人) 北村俊彦
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人丹羽鉱治の上告理由第一点について。<省略>
同第二点について。
記録によれば、原審は、前記債務の弁済に関する本件不動産買戻契約の内容として、被上告人は昭和三四年五月までに原判示の計九四一、四三〇円を上告人に支払うべく、上告人は右金員の支払を受けたときは本件不動産所有権を被上告人に移転するとともに、被上告人の上告人に対する前記金銭債務はすべて消滅したこととする旨の合意が成立した事実を認定判示していることが明らかである。右によれば、前記買戻契約の代金九四一、四三〇円の支払と引換に、本件不動産の所有権を被上告人に移転する旨の合意が成立したものと解せられないわけではなく、しかるときは、前記契約より発生した残代金三九一、四三〇円の支払義務と所有権を移転する義務とは同時履行の関係にあるわけであるから、代金支払義務の履行期として約定された昭和三四年五月が経過しても、所有権を移転する義務の履行提供を認め得ない本件においては、前記残代金支払義務は履行遅滞に陥ることはないと解すべきである。よって、昭和三六年一〇月二七日なされた原判示の残代金三九一、四三〇円の供託は、原審認定の本件における事実関係のもとにおいては、債務の本旨に従った適法な弁済供託であって、これにより前記契約から発生した代金債務はすべて消滅したものと認めるべく、したがって、右契約の約旨により、本件公正証書記載の債務も消滅に帰したものと認めるのが相当であるから、右債務の消滅を理由に被上告人の本訴請求を認容した原審の判断は正当である。所論は、ひっきよう、原審の認定にそわない事実を前提として、原判決を非難するに帰するものであって、採用できない。<以下省略>
(裁判長裁判官 奥野健一 裁判官 草鹿浅之介 裁判官 城戸芳彦 裁判官 石田和外 裁判官 色川幸太郎)
上告代理人丹羽鉱治の上告理由
第一点<省略>
第二点原判決には次のとおり判決に影響を及ぼすことの明らかな法令の違背があるので破棄さるべきである。
一、原判決は前記の如く上告人と被上告人の間には昭和三十三年十一月被上告人は上告人に対し昭和三十四年五月までに分割して合計金九四一、四三〇円を支払い上告人は被上告人から右の支払を受けたときは競落によって取得した二棟の建物を被上告人に譲渡すると共に被上告人の上告人に対する債務はすべて消滅することの契約が成立し、被上告人は右約定に基き昭和三十四年十月二十日までに金五五〇、〇〇〇円を支払ったが、同年九月頃になって、上告人は右契約の存在を否定し被上告人に対し右建物の明渡を求めるに至ったので被上告人は昭和三十六年十月二十七日残金三九四、一三〇円を弁済供託した。そして上告人において右契約の存在を否定し建物の明渡を求めるに至った以上残金の受領を拒否したものというべきであるから、右残金の供託は適法に弁済の効力を生じたものというべきでこれによって被上告人の上告人に対する債務は全部消滅したものであると判示している。よって仮りに原判決の認める如き契約が昭和三十三年十一月、上告人と被上告人の間に成立したと仮定して右判決を検討すれば、原判決は弁済供託の要件に関し以下の諸点において法令に違背している。
二、原判決は上告人が昭和三十四年九月頃上告人と被上告人の間の建物買戻に関する約定を否定し、建物の明渡を求める態度に出たことを以て、残金受領を拒絶したものであるとしている。然るに他面原判決は右約定は昭和三十四年五月までに、被上告人が上告人に金九四一、四三〇円を支払うことを定めたと認定しているのであるから、右認定に従えば被上告人はその債務を期日までに履行せず、昭和三十四年九月頃上告人は、右建物の所有者としてすでに履行遅滞に陥っている被上告人に対し建物の明渡を求める正当な権利を有していたのであるから、上告人が被上告人に対し、前記契約の存在を否定し、建物の明渡を求めたとしても直ちにこれを以て受領を拒絶したものということはできない。従って右受領拒絶を前提として被上告人のなした供託は適法な供託であると認めた原判決は、供託の要件に関する法令の解釈適用を誤ったものである。
三、更に原判決は、上告人において右の如き態度に出た以上被上告人は直ちに弁済供託をなしてその債務を免れることができると判示し、この間弁済の提供の要なきものと解している。然るに債権者の受領拒絶を理由に適法な供託をするためには、少なくとも、弁済者は口頭の提供をすることを要すると云うべきであるから、原判決はこの点においても法令に違背している。尤も、たとい、口頭の提供をしても債権者が受領しないことが明瞭な場合においては例外的に口頭の提供なくして弁済供託をすることができると解したとしても(原判決は、そのような判示をしていないのであるから、本件の場合がそのような例外的な場合に当ると判断したとは考えられないが)、本件の場合、昭和三十四年九月上告人が建物の明渡を求めるに至った当時、すでに被上告人は債務の履行期を徒過して遅滞に陥っていたものであり、更に被上告人が供託をなしたのはそれから二年余を経た昭和三十六年十月二十七日であるからこの場合、被上告人が口頭の提供すらなさずして適法に弁済供託をなし得る例外的な場合に当るとは考えられない。従って本件における被上告人の供託は不適法であるが、原判決はこれを適法と認めた以上、債権者の受領拒絶の場合には債務者は口頭の提供をも要せず、直ちに供託をなし得るものと解したものという外なく、この点において原判決は供託の要件に関する法令の解釈適用を誤ったものである。
四、また昭和三十六年十月二十七日被上告人は金三九一、四三〇円を供託したのみである。原判決の判示するところによれば被上告人は昭和三十四年五月までに金九四一、四三〇円を支払う義務があったに拘らず、同年十月二十日までに金五五〇、〇〇〇円を支払ったに過ぎず、以後弁済の提供をした事実はなく、昭和三十四年十月二十七日に至って残金三九一、四三〇円を供託したに止まるものである。然るに弁済供託は債務の本旨に従ってなすことを要し履行期を徒過した場合においては金銭債務にあってはその遅滞による損害金を附して供託するのでなければ適法な供託と言うことはできないから被上告人は金三九一、四三〇円に対する昭和三十四年六月一日以降少なくとも年五分の割合による遅延損害金を附して、供託しなければ、これを以て適法な供託とはなし得ない。然るに原判決は被上告人が昭和三十六年十月二十七日金三九一、四三〇円を供託したことを以て適法な弁済供託として債務消滅の効果を認めたものであって、供託の要件に関する法令の解釈、適用を誤ったものである。
五、原判決は上告人被上告人間の契約は被上告人において昭和三十四年五月までに金九四一、四三〇円を分割して支払うこと、上告人が被上告人から右の金員の支払を受けたときは、被上告人に対し本件各建物の所有権を譲渡すると共に、被上告人の上告人に対する債務はすべて消滅することの約定であったと判示している。即ち右約定はまず被上告人において昭和三十四年五月までに分割して金九四一、四三〇円を支払うことを定めたもので被上告人は右支払について先履行の義務を負担したものと解される。然るに甲第二十号証によれば被上告人は昭和三十六年十月二十七日金三九一、四三〇円を供託するに当り、建物二棟の所有権移転登記と引換に右金員を弁済する旨を明記しており、右供託は先履行の義務に違反しているので債務の本旨に従った弁済供託と言うことはできない。然るに原判決は、右供託を以て、前記契約に基く適法な弁済供託としての効力があると認めたものであって、この点においても供託の要件に関する法令の解釈適用を誤ったものである。<以下省略>